たんぽぽクリニック 院長 中井 祐之先生浅井フーズ通信

人物探検隊

2008年 秋

中井 祐之 Yushi Nakai
医学博士。1939 年 東京生まれ。66 年 東北大学医学部卒業。67 年~ 東北大学抗酸菌病研究所内科、仙台厚生病院等で呼吸器内科学(主に肺がんの化学療法)の研究と臨床に携わる。その間70 ~ 72 年 米国テキサス大学MDアンダーソン病院腫瘍研究所に留学。90 年~ 仙台厚生病院内科部長、同院副院長を歴任。2006 年4 月~ 現職。

入院・在宅・外来の3本柱で理想の緩和ケアを

呼吸器、特に肺がんの専門医として長年医療に携わられてきた先生が、緩和ケアを目指したきっかけ、またこの施設を立ち上げられた経緯についてお聞かせ下さい。

私は医師になってからずっと肺がん、抗がん剤の治療や評価を専門にやってきたわけですけど、実際には化学療法、抗がん剤治療でまだまだ治る方が少なく、たくさんの患者さんが治療の効果もなく亡くなってしまうという経験をしてきたわけです。

何年か前に務めていた病院を定年退職するにあたり、これまで見送ってきたがん患者さんの治療から、今度は緩和ケアに目を向けて、第二の人生をそちらの仕事に使おうかと漠然と考えていたわけです。たまたま有料老人ホームをつくるにあたりクリニックも併設したいというプロジェクトがあったので、そこに緩和ケアができるホスピス機能を持ったクリニックをつくることになり、その頃一緒に働いていた若いドクターたちにも加わってもらったんですね。

緩和ケアを提供する施設ということで、人材を集めるのもご苦労が多かったのではないでしょうか。

長年のがん治療などを通じて知り合った人たち、あるいは一緒に働いていた看護師さんなどに声をかけて、私たちの考えに共鳴してくれた人たちが集まってくれて、なんとか夜勤までまわせる人数がそろってスタートできました。

今、看護師不足とか言われていますけれども、緩和ケアに関心を持ち、やってみたいという看護師さんは非常に多いんですね。緩和ケアというのは医療の原点というところがあって、確かにいろいろと難しい面はありますけれども、それだけやりがいはある。特に患者さんの終末期をケアして、限られた時間をどのように過ごして、その人らしい時間を作ってあげら れるかということに尽くしたいという看護師さんは多いですね。そうは言っても現実はきれいごとばかりじゃいかなくて、看護師さんたちも我々も音を上げることはよくあって、悪戦苦闘しながらやってますけどもね。

もともと緩和ケアを始めたのは看護師さんたちなんです。近代ホスピス運動もイギリスのシシリー・ソンダースという看護師から医師になった女性が始めています。ドクターはだいたい治る患者に力を注ぐのが普通で、もう自分の力ではどうしようもないとなるとあまり関心を持たないというか、患者さんにしてみれば見捨てられたような状況になりがちですね。でも看護師さんはとにかくどんな患者さんでも大切にして最後まで看なきゃならないから、先生方の尻を叩いて緩和ケアをやろうとしたんですよね。それがだんだんドクターにも浸透していき、時代もそうなっていって、緩和ケア病棟などが制度的にもできるようになったんですね。

外来、在宅、入院という3つの機能を備えるシステムは、どのような発想から生まれたのでしょうか。

必要に応じて、ということだと思うんです。病院では放射線であれ、手術、抗がん剤であれ、治療が終わると今の医療、診療報酬制度の中では長期の入院は許されない。退院して下さいといわれ、行く先を探さなきゃならないというのが現実で、全国どこでもそうですね。私自身もそういうことをやってきた。いざ退院すると、実際にそういう患者さんの受け皿がないんですね。だったら私が自分でごく一部でもいいから引き受けられる、ベッドのある医療施設をつくりたいというのが最初にありました。本当は〝病院〟でやりたかったんだけれども、仙台の医療圏では新規の病院のベッドは許可にならないので、やむを得ず19床以下の有床診療所にしました。

でも有床診療所というのは診療報酬の設定が非常に厳しいわけです。入院の基本料等が病院に比べると半分くらいしか入らない。たった19床でも緩和ケアをやろうとすると看護師さんがたくさん必要。そうするととても経営が成り立たない。それで在宅患者をたくさん診て、その収入で赤字の入院分を支えていくことになるわけです。あとは一般の外来ですね。そういう苦肉の策で入院、在宅、外来の3本柱でやったわけです。でもそれがもちろん患者さんにとっては非常に一貫性のある診療ができる良いシステムだということですね。それをするためにやったっていうのも確かですし、経済的な問題というのも裏にはあります。

コンセプトは病院らしくない病院

ゆったりとしたきれいな施設で、いろいろな設備もありますが、設計や使い方にこだわりはありますか。

うちはホスピス機能を持ったクリニックなので、コンセプトの一つとして家庭的な、家にいるようなイメージが少しでも出ればという意味で、病院らしくなくしようというのがありました。例えばどのベッドからも外の景色が見える配置にしたり、あるいはペットを部屋に入れてもいい。ベッドもヘッドボードなどを全部特注で家具職人に頼んだ組み木にして、カーテンにしても病院らしくないものをということで、ちょっとお金もかかりましたが。

今はちょうど仙台七夕の飾りがありますね。2階のホールにあるピアノはお見舞いに来た人や患者さんのお孫さんが勝手に弾いたり、コンサートをやったりしています。ボランティアでギターを弾く人が勝手に来て弾いて帰ったりとかいうこともあります。

それからアロマセラピールームは、これもボランティアというかアロマの勉強をしている人たちが来て、患者さんに実際にやって、それを勉強していくという、お互いに利益になるということで週1回ぐらい来てもらっています。これが患者さんには非常に好評ですね。がん患者さんでリンパ浮腫になる人にとっては、アロママッサージがいいし、もちろんリラクゼーションとかアロマ本来の力も患者さんにとっては非常にいいので緩和ケアの大事な一部になっています。

あとは温泉。温泉付老人ホームから温泉のお湯を頂いています。患者さんにも家族と一緒に家族風呂で使ってもらって喜ばれていますね。

ネットワークで在宅診療を機能

在宅はどうしても不安があるので、気になったらすぐ来て下さるという安心感がないと難しいですね。

それはもちろんそうです。だから私たちは24時間365日の対応で、夜中であろうと、お正月であろうと、病状の変化があれば伺います。厚労省が在宅医療推進の方向付けとして設けて、平成18年4月からスタートした「在宅療養支援診療所」という制度があって、診療報酬もそれなりに厚くして誘導しているんですが、開院する直前にそういう制度ができそうだというのがわかって、ちょうど我々がやろうとしていることに追い風になるということで、開院時点ですぐ取得したわけです。それがなくても同じことをやろうとは思っていたわけですけれども、これがあると普通の診療所が往診する場合よりやや高い点数がつく。そのかわり24時間365日勤務になるわけですね。


でも実際には取得した施設の1割ぐらいしか機能していないようです。例えば仙台市でも取った施設が110いくつありますけれども、ほとんどが一人診療所だから365日対応するのは難しいのです。ですから今、うちを中心に、在宅療養支援診療所を標榜しているこの近辺の先生方と連携したネットワークをつくりつつあります。その先生方の患者さんのほとんどは高齢者や脳卒中で寝たきりとか良性疾患の方が多く、がん末期の疼痛コントロールのような専門的なことは慣れていません。だからそういう患者さんは私のほうに回していただいたり、あとは休みの日にお互いにカバーしあうというような形で在宅療養支援診療所を機能させていきたいということでネットワークをつくっています。

必要なのは情報、患者・家族に安心を

入院が必要な時期でも病院を追い出される時代ですが、患者やその家族に必要なのは何でしょうか。

厚労省は医療費削減のために在宅を増やせば入院患者が減って、医療費が減るという単純な考え方でやっているのかもしれませんが、在宅医療をやるってことはそんなに簡単なことじゃない。社会的な基盤がね、少子高齢化社会になって核家族が増えたり、老老介護の時代になったりして簡単に在宅とは言えない。実際、2年間やってきましたけれども、そういうことに直面することがしばしばあって、結局入院設備がないとその人たちの行き場が本当になくなってしまう。

うちはがん患者さんの末期であれば痛み、症状がどんなに強くてもそれはなんとかしよう、ということで入院をしていただく。患者さんとか家族というのは基本的にまず入院って、とにかく家にいたら面倒は見られないと思ってしまう。そこを「そうじゃないんだよ、いざとなったらちゃんと訪問して診てあげられるし、点滴だって家でやれるし、痛みもちゃんと取れるんだよ」ということを、実際に入院している間に体験してもらうと、「これだったらうちでもできる」と変わってきます。家族の人にもいろいろ勉強して自信を持ってもらって、訪問看護ステーションやケアマネージャーと相談して家に帰る、というような〝在宅準備のための入院〟っていうのが結構ありますね。

患者さんにとって必要なのはやっぱり「情報」ですね。今、自分にとって必要なケアはどういうことで、それはどういう形でやれるかという情報をきちっと提供してあげれば、患者さんも家族も安心して家に帰る事ができる。

仙台市内の基幹病院の医師や医療連携室は大学病院の緩和ケア病棟に紹介をしますが、待機期間が長いため、私共にも声がかかってきます。たんぽぽクリニックとしても地域で認知度が上がってきて、病院から頼りにされる存在になってきている、ということは言えると思います。

こちらは健康診断から緩和ケアまで、コンパクトな総合医療センター的な機能を持っているイメージですが、先生のこれまでのご経験が活きているのでしょうか。

私は定年退職後、人間ドックのセンター長も経験しました。その中で医療というものを考えると、人間ドックというのは予防医学だけれども、予防医学から緩和ケアまでというのはつながりがあるわけです。やっぱり病気になってほしくないというところからスタートしないといけないわけで、健康診断やメタボ健診、がん検診で早く見つけてあげるとか、病気にならないようにするとか、そういうことは医療の一番の目的ですよね。その結果として、病気になってしまった人を診ているのが緩和ケアであって、私の気持ちの中では、その流れの中で患者さんや受診者を診ているのであまり矛盾を感じない。自分は緩和ケアだけやるとか、人間ドックは仕方がなくやるものだという感覚ではなくて、予防も本当に必要なことという気持ちで診ています。病気を防ぐということが基本的にあるから、禁煙指導も相当力を入れています。

あと、うちはCTなど医療機器も一般の開業医よりは備えているので、近隣の開業医の先生からの紹介で検査をしてまたお返しするというような、ちょっとしたセンター的な役割も少しずつ担ってきているというところです。

課題は厳しい運営、問題は診療報酬

今後もこのたんぽぽの取り組みを続けていくにあたっての課題、問題は。

やはり経営ということですよね。こういう診療所には緩和医療を行うための診療報酬の設定というものがない。政府が認可した緩和ケア病棟は一日の診療報酬が包括方式でかなりの額がつけられている。ほとんどのところが赤字だ赤字だと言っているけど、看護師さんもきちっとつけられて、我々に比べればずっと恵まれた条件の中でやっています。

私共のところだと、どんなに頑張っても緩和ケア病棟の3分の1しか診療報酬がつかない。その分、看護師さんの給料、つまり人件費が出ない。そういう差が出てきているわけね。それでも緩和ケアはやれる。認可は取れないけれども、実質的に緩和ケア医療をやっているわけですね。何かの条件をつくって、それをクリアしたら診療報酬をきちっともらえるという制度ができないかということをスタートした時点から考えている。だから課題というと、患者さんのニーズに合った医療をやっているのだから、それに対して報われるような、実態に合った診療報酬にしてほしいということですね。

診療報酬を十分にもらっている病院より、むしろ実際の貢献度が高い、患者さんにとって必要な施設なのに矛盾を感じますね。現場と行政の認識の差を縮める方法はないのでしょうか。

『生きるための緩和医療』(医学書院)という本が7月に出たんですが、うち同様、ベッドを持っている在宅療養支援診療所で、緩和医療をやっている5つの施設の経営の実態とか、利点と課題等をインタビューして書いてある。こういう本の出版も世の中に非常にアピールして役に立つと思うし、私も在宅療養支援診療所の問題点、課題ということをテーマにして、診療報酬の問題なんかも取り上げて、いかに厳しい条件でやっているかということを論文に書くつもりで、今、準備しています。学術的な論文の形も厚労省を動かす時に一つの資料として使ってもらえれば、という密かな願いを持っています。


いろいろ研究したり発表したりして、少しでも診療報酬がとれるようになれば、若い人がもっとこういうことをやる気にもなってくるだろうし、うちのやり方がいいとは限らないけれど、ひとつの提案なわけです。ベッドを持っていると、在宅への移行に対して逆行しているんじゃないかという批判になりかねないけども、現実にはベッドがあると安心だし、それがむしろ在宅を推進する役割になるかもしれないということを訴えていこうと思っているんです。

体力的にも、精神的にも大きな挑戦ですが、それを続けていく秘訣、源は何ですか。

私達がやっていることは、普通は誰も手を出さないところなんですね。でも手を出してみると必要とする患者さんがたくさんいることはやっぱり確かだったですね。実際に非常に助かっている患者さんがおられるというのが我々の支えです。意味のない仕事だったら、お金にもならないのに、すぐ挫折すると思いますね。必要だと思うから続く。それが秘訣じゃない でしょうか。源ですね。やっていることに意味がある、意義があると思いますね。

んぽぽのような施設と先生方、スタッフの存在はとても心強いです。今後、このような施設が増える医療体制になっていくことを期待しています。お忙しい中、 本当に有難うございました。

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