オルガニスト/音楽療法士 米沢(鏑木)陽子さん浅井フーズ通信

人物探検隊

2011年 春


米沢(鏑木)陽子 Yoko Yonezawa Kaburagi
東京純心女子短期大学オルガン科・同専攻科、フェリス女学院大学音楽学部ディプロマコース、東京藝術大学大学院博士後期課程を修了、2010年3月、博士号(音楽)取得。桐朋学園大学音楽療法講座修了。2006年、文化庁新進芸術家海外留学研修員として渡独。国内外で演奏活動を行っている。東京純心女子大学非常勤講師、聖ヨハネホスピスケア研究所研究員、日本音楽療法学会認定音楽療法士。日本オルガニスト協会、日本オルガン研究会会員。

演奏を支える研究を究める

多くの学歴、留学経験をお持ちですが、これほどの勉強が必要なものなのでしょうか。

どの分野も一緒だと思いますが、一生勉強だと思っているので。特に歳を重ねて教える立場になってくると、自分がもっと勉強しなきゃいけないということが身にしみてわかってくる。こちらが知識も経験も積み重ねていかないと伝えることはできないということが大きな理由ですね。もちろん自分自身知りたいこともあります。オルガンの世界、演奏の世界は時代とともに弾き方や演奏スタイルが変化するので、常に最新の情報を身につけるためには海外や、専門に研究されている先生のところへ勉強に行くことも必要なのです。卒業したらおしまい、ということは絶対にないんです。楽器の仕様も1台1台オルガンは違う。それがピアノと大きく違う点で、鍵盤の深さや重さ、タッチも違うので、楽器をよく歌わせるための勉強が必要です。オルガン音楽の場合は長い伝統を持つ欧米で学ぶことで、より多くのことを知り、経験することができる。それで私もドイツに留学しました。

藝大では古楽の研究を、それも修士、博士までというのはなぜでしょうか。

研究が好きなんですね。演奏も好きですけれども、その演奏を支える研究というものの大切さも感じて、修士論文を書きながら、もっと勉強したいから博士課程にもと。音楽が成立する背景にはいろいろなものがあります。作曲家一人だけの力ではない。例えば、私は16~18世紀ドイツの鍵盤音楽が研究対象ですが、その背景にある教会音楽の歴史、哲学、神学、当時の社会的文化的状況が大きく関わってくる。それを探求していくのがすごく面白くて。藝大大学院を受験するときは音楽療法と古楽のどちらを専攻するかで真剣に悩みました。でもやはりオルガンを弾くのが好きですし、受験準備もオルガンのためならどんなに大変でも耐えられると思って。入学後は、応用音楽学科開設の音楽療法関連科目も履修でき、バロックオルガンを専攻しながら両方の勉強ができて良かったと思います。

魅力あるパイプオルガンの道へ

そもそも音楽の道に進まれたのは、中でもオルガンを選ばれたのはなぜですか。

幸いなことに父が小学校の音楽の先生で、また母も音楽が好きでしたから、生まれた時から音楽がある環境で育ち、ごく自然に6歳になる少し前からピアノを習い始めました。小学1年生で桐朋学園大附属の音楽教室に入室し、一種の英才教育でピアニストへの道に入ってしまい、練習は大変でしたね。でも子供心にもバッハの音楽が好きだったんですね、ちょっと変わってるって言われるんですけれども。それが今の私の原点にあると思います。小学校5、6年の頃にチェンバロという楽器の存在を知って、父が「バッハの時代の楽器だよ」と教えてくれて、その音色がすごく好きになりました。中学2年のとき、バッハの『小フーガト短調』を授業で聴いて「いいな」と思いました。中学3年のとき、NHKの合唱コンクール東京大会に私の学校が出場し、ピアノ伴奏をしていた私は、その審査の合間にNHKホールのパイプオルガンであの有名な『トッカータとフーガ ニ短調』の演奏を聴き、すごく感動したんですね。あの曲は運命とか啓示的なものを意味するように感じられて、審査結果を待つ自分の心情とマッチして、聴き終えた瞬間に「私はこれをやるぞー」と決めていました。

もちろんピアノが好きでしたけれども、相性というのもありまして、ピアニストになるにはベートーヴェンをバリバリ弾けるようじゃないといけない。自分は指が細くて弱かったので向いていないということは既に中学生のときに感じてはいました。チェンバロ、オルガンに出会い、何よりバッハが好きだというのが決定的で、オルガンの道へ。

パイプオルガンの魅力とは?

やはり音色ですよね。それとオルガンの内部には風を起こす「ふいご」というものがあり、その風がパイプに伝わって音ができます。昔の楽器はふいごを人が踏むとフワーッと空気を貯める蛇腹が膨む。それはまさにオルガンの肺なんです。私には非常に有機的な楽器に思えます。楽器は生き物だと思っているので、楽器の呼吸とともに自分も呼吸して演奏をする、その一体感といいますか。良い楽器だと、さらにそのコミュニケーションが楽しい。経験を積むにつれて、どんどん面白くなってきました。弾く人が違うと同じ曲を同じ楽器で弾いても、生まれてくる音楽は違う。オルガンは特にそれがはっきり出ますね。そこが魅力でもある。それからオルガンを弾き始めてからずいぶん長い年月、ただ一生懸命に鍵盤と格闘しているだけだったのが、ここ数年、変化してきたように思います。特に4年前、ドイツ留学中に毎日弾いていた楽器(17世紀のA.シュニットガー製作の歴史的名器)がまさに300年以上生きている素晴らしい楽器で、さまざまなことを教えてくれた。その楽器と謳っていると本当に気分が良い。体調が悪くてもオルガンを弾いているうちに良くなる。演奏しながら自分の中身が整っていくのも感じますし、良い楽器であるほど自分の中身がきれいになっていく気がしますね。私はオルガンに人間と同じように人格を感じるし、対話にもちゃんと応えてくれる。そこがまた面白い。あのオルガンと対話ができるようになって以来、ほかのオルガンとのコミュニケーションも良好になった気がします。

ボランティアから音楽療法士へ

もう1つの職業、音楽療法士としてはどのようなお仕事を?

この「聖ヨハネホスピス」で音楽療法プログラムをやっています。ここでは患者さんの各お部屋は患者さんのお家と考えており、お家にいるような感覚で音楽を聴いていただきたいという思いから「音楽宅配便」と名付けました。もう12年目になりますね。主に患者さんのお部屋へワゴンにキーボードと楽譜を積んでガラガラっと運んで、リクエスト曲を演奏したり、患者さんやご家族と一緒に歌ったりしています。私が1人で伺うときもあるし、時には看護師、医師などが同席することもあります。医療スタッフに同席してもらうことは非常に意味があります。医療的な処置の時と、音楽をやっている時の患者さんの顔とが全く違うのです。時には痛みや苛立ちから医療スタッフに患者さんがきつい言葉を口にすることもあるわけですが、同じ患者さんがその日の午後、音楽療法の時間にはとても穏やかな表情で楽しそうに歌われている。その様子を医療スタッフが見ると「あ、この方はこういう面もお持ちなんだ」と患者さんへの理解も深まる。また、医療スタッフが一緒に歌うことを患者さんもとても喜ばれるんですね。それをきっかけに良いコミュニケーションが生まれることもあって、それはお互いのためにも良いことだと思います。

CDは何回かけても同じ演奏ですけど、ここでは生身の人間が目の前にいる患者さんに語りかける。その時の患者さんの呼吸状態…メンタルテンポというか、何か患者さんが発しているエネルギーみたいなもの、その場の空気、その場を構成しているご家族や友人の方たち、そういうのを見ながら、感じながら演奏する。ですから一回一回違うし、例えば同じ日に同じ曲を別の患者さんが別の部屋でリクエストされることがあっても、そこに生まれてくる音楽は全く違ったものになるのです。

ホスピスでお仕事をされるきっかけは何だったのでしょうか。

もともとは音楽療法士になるつもりはなかったんです。このホスピスにはボランティアが100人くらい登録していて、マッサージ、喫茶サービス、お散歩、お話しや囲碁将棋の相手、園芸、手芸、絵手紙、いろいろな活動をしています。私はここにホスピス棟ができた九四年にボランティア登録しました。それまでの約2年間に身近な人たちをがんで失う経験をしたからです。一人の友人はホスピスを希望しながらも空きが出る前に亡くなりました。彼女が希望していたのが実はここだったのです。それがかなり大きな要因ではありました。彼女のできなかったこと、彼女にしてあげられなかったことを何かできないかなという思いがあって、ボランティアに参加したのです。ですから最初は歌の伴奏とかの必要があればお手伝いして、あとはほかのボランティア仲間と同様の活動をしていました。でも、ある時ホスピスのコーディネーターに、チャペルのオルガンを弾いてみないかと言われて演奏してみました。そこにたまたま患者さんがベッドごと運ばれてきたのですが、ずっと眼を閉じていたその方が、私が弾き始めたらパッと眼をあけて、手だけで音楽に合わせて踊りだした。その方はもう歩けないし、歌うこともできなかったのですが、お元気な頃は音楽や踊りも大好きだったとのこと。付き添いの妹さんが「あ、踊っているんだねぇ」って、お姉さんのすごく生き生きとした表情を見て驚いていました。演奏後に私に「あんなに楽しそうな姉は久しぶりでした、ありがとうございます」ってすごく喜んで下さり、私自身がびっくりしました。その数週間後、オルガンのミニコンサートをやったら、聴いて下さった何人もの患者さんの様子、表情の変化を見て、今度は医療スタッフが驚いたんですね。それ以後、ホスピスのラウンジで、私がボランティアの日には定期的に演奏するようになりました。それが今の活動の原点にあります。ボランティアとしての活動を4年間続け、その間に医療スタッフも徐々に音楽に理解と関心を示してくれるようになりました。それが土台にあるので、今、私はとても仕事がしやすい環境にありますね。やはり音楽療法士の仕事は医療スタッフの理解と協力なしには絶対にできない仕事なので。

音楽のちから

普通の病院ではなく、ホスピスだからこそ、効果や変化も大きいのでしょうか。

音楽療法は高齢者、精神科、発達障害の領域で、わが国でも六〇年代から取り組まれてきました。各領域で成果を上げています。ホスピス緩和ケアの場合は、患者さんの人生、今まで歩いてきた歴史と音楽との結びつきを再認識していただける場であるということは言えるでしょう。ここでは患者さんからのリクエスト曲を演奏するのが基本ですが、そのリクエストには意味があるのです。ただ単に好きな曲というよりも患者さんの人生や人生観とかと結びついていることが本当に多い。ですから、音楽と共にその方の人生が立ち現われてくる。音楽を聴いたり、歌ったりすることをきっかけに患者さんの方がご自分の人生や思い出について語って下さることがよくあります。またご家族が一緒ですと、思い出を分かち合うこともできる。これまでの人生を振り返ることによって、生きることの意味を患者さんご自身が問い直す機会にもなり得るのです。

芸術にもいろいろありますが、音楽にしかできないこともあるのでしょうか。

言葉で言えない思いを音楽でなら伝えられるということはあるでしょう。そこが音楽の強みで、それはここでもいろんな場面で感じています。時にはリクエスト曲に自分の思いを託す患者さんもいらっしゃるわけです。単にリラクゼーションのために音楽を聴いたり、楽しい時間を過ごすだけでなく、もっと深い意味で、その方の人生と音楽が直結していることが本当によくあります。この仕事をしていると患者さん一人一人の音楽を愛する気持ちが伝わってくる。私は音楽の専門家ですけれども、患者さんが抱く音楽への愛というのは、もしかしたら、専門家よりも深いのかなと思う場面にも出くわすことがあります。そういう意味でも謙虚にならざるを得ないですね。

音楽療法士になるには、どのような勉強が必要でしょうか。

もちろん楽譜が読めて、歌が歌えて、最低限1つ以上の楽器で伴奏ができるなどの音楽的な素養を兼ね備えている必要がありますけれども、なおかつ医学、心理学、教育、福祉、カウンセリングなど、かなり幅広い分野を勉強しなくてはいけません。資格取得のためにもそういう勉強は必要ですし、音楽療法士の資格は5年ごとの更新制なので、その間に講習会や大学で勉強したり、学会で発表したり、論文を書いたり、いろんな経験を積み重ねる必要があります。だから常にかなり広範囲で継続的な勉強が必要です。ここでも勉強、勉強なんです(笑)。

大学で音楽療法の授業をしていて思うのは、学生に知識を教えるというよりも〝伝える〟という要素が強いということ。今までの経験を通して感じてきた人間の素晴らしさ、音楽でできる心の交流、それを一番伝えたいという気がします。

歩み寄る二人の陽子

音楽療法士の仕事は演奏家としての活動にも影響がありますか。

一曲一曲をすごく大切にするようになりましたね。ホスピスと関わる前、特に若い頃はコンサートで緊張して、お客さんは怖い存在でもあったわけですけれども、ホスピスでの体験を積み重ねたことによって、お客さん一人一人の存在や体温を背中で感じて弾けるようになってきました。ここで出会った患者さんやご家族は皆いろんな背景をお持ちで、それぞれに音楽を大切にされている。コンサートに来て下さる方も実は同じだということがわかってきた。そしてホスピスでも私はスタッフやボランティアや、もちろん患者さんにも支えられている。いろんな人に支えられて現在の自分が在るという意味での謙虚さですね。これは演奏家としても同じで、実はステージを支えてくれる人々がいて私は活動ができるわけで、それを感じながら演奏す るようになったということが大きな変化ですね。

今後はどちらかが基軸となるような活動をされていくのでしょうか。

今までずっと、音楽療法士の鏑木陽子とオルガニストの米沢陽子が同時に存在はしているけれども、別人格の感覚で、いつかはどちらかを選ばなければならないのかなと考えていました。しかし最近はどうやらお互いに歩み寄ってきたような感覚があり、おそらくどちらも続けていくのだろうなという気はしてきましたね。また、実際にそういうニーズもあり、オルガンの演奏とホスピスの話と両方が聞きたいという研究団体や教会からお呼びがかかることが増えてきました。それも私の使命なのかなと思っています。

多忙な活動をされていますが、それをこなし、健康を保つ秘訣は何ですか。

患者さんとのお別れは私にとってもやはり悲しい出来事なわけで、それを自分でどうケアするかは重要な課題です。医療スタッフと時々、患者さんの思い出話や思いを語り合う…それはここで仕事をしていく上ではとても大事なことなのです。また心の整理も必要で、そういう時には音楽は聴かない、静寂の方がいいですね。夜の静けさの中で考え事をしたり…。あとは自分が演奏することで自分の思いを表に出していくことも大切です。心身の健康のためには、気心の知れた親しい人と美味しいお酒を飲み、よく睡眠をとること。料理も好きなので、なるべく手をかけて作るようにしています。大変な演奏会の前になるとなぜか手の込んだ料理を作りたくなります。コトコトと煮込み料理をしたり、野菜をひたすら刻んだりすることがストレス発散になる。演奏のために曲を煮詰めていく作業と、シチューをじっくり煮込むことは、どこか似ているから両方好きなのかもしれませんね。

どちらの道でもご活躍を期待しています。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

一覧へ戻る
pagetop