増富温泉「不老閣」女将 八巻 苗美さん浅井フーズ通信

人物探検隊

2013年 春

山梨県生まれ。短大の福祉科を卒業後、山梨県立あけぼの医療センター成人課に10年勤務。結婚を機に「不老閣」の女将となり、現在に至る。「温泉療法士」の資格を持ち、入浴指導はもちろんのこと、宿に設置の書籍をはじめ、「女将便り」やHP、ブログ等、さまざまな情報を日々発信している。ブログは「不老閣」ホームページhttp://www.furoukaku.jp/からアクセス可。

手つかずの自然に囲まれて

まず「不老閣」があるこの増富温泉について。すばらしい環境ですね。

秩父多摩甲斐国立公園の中なので風光明媚です。なかには、奥入瀬よりすてきって言ってくださるお客様も多いです。百名山の瑞牆山(みずがきやま)は岩の山で、深田久弥も絶賛してましたし、本当にきれいです。金峰山(きんぷさん)は霊山なので、その麓にある温泉だから信仰みたいな気持ちが湧くかなという気はしますね。国民保養温泉地にも指定されています。山梨県は下部温泉と増富温泉しか指定されていないんですよ。新緑と夏の涼と紅葉の時期は当然、観光の方もいますけれど、温泉の泉質が特殊なので、やはり療養目的の方が多いですね。

そもそもラジウム温泉というのは、どういう温泉なのでしょうか。

簡単に言うと放射能泉のひとつです。ここは花崗岩が多いのでラジウム泉が出やすい場所です。雨や雪の水が地下で花崗岩層を通過しながら出てきたのがラジウム泉です。特殊な所だと思います。先代の92歳の父が申してましたけれど、昔、内務省から派遣された博士がここに温泉の調査に来て、ラジウム量がすごいことがわかり、当時は東洋一と言われていたそうです。後に東大の木村先生が再調査されて、新たな源泉が発見されました。

放射線というと、福島原発の記憶も新しいので不安に思う方もいるのでは?

いらっしゃいます。でも、ともかく自然界の放射線と人工的なものは違いますから。自然界の放射線は皆様が住んでいる所にもあります。ここは少し量が多いわけです。でも身体に害を及ぼす量ではないんですね。放射線が私たちの体に入ると、体内から2~3時間程度で放出されるんですけれど、その時、体内の水分をイオン化するんだそうです。そうすると、一時的に活性酸素が増えますが、人間にはちゃんとリセットする力があって、抗酸化のスイッチがオンされ、活性酸素を減らせるんです。ホルミシス効果と言って、簡単に言うと、微量の放射線が細胞を刺激することによって、抗酸化作用の働きが大になると言われているんですね。最近はホルミシス効果を利用して、がん治療の副作用が少ない治療の一環として、ラジウム吸入室を設置している医院も多いです。

このラジウム温泉の特徴は?

ラジウム泉は33~38℃のぬる湯です。この冷たく感じるぐらいの〝ぬる湯〟にすごく効果があるんです。温かいお湯に入ると血管が開きますね。冷たいお風呂に入ると縮みます。それを繰り返すと人間の体は身体の熱を逃がさない学習ができるんです。だからいつまでもジワジワ温かく湯冷めしないんです。熱いお風呂は確かに温まるんですけど、血管も拡張し村上、ジャラコロ野菜園でたままなので熱を放出しやすいんです。そして汗をかくことで体は冷えるんです。あと大事なことは、ぬる湯に入ると血液の温度も当然下がるんですね。そうすると人間というのは体温を元に戻そうとするから、血流が良くなるんです。だから体がいつまでも温かくて、気持ちいいんです。家でも熱いお風呂と、ぬるめのシャワーを交互に使うと、たぶん出た後が全然違うと思います。

あと、ぬる湯は自律神経が非常に沈静化するのでリラックス効果が大です。また、ラジウムのガス吸入もしているので、よりリラックス状態が保てるんです。だからこのお風呂はうつ病などにも良いそうです。

湯治宿としての「不老閣」をスタート

社長様と女将さんのご夫婦は〝不老閣に戻って20年目〟だそうですが、その前は?

私は重度身体障害者授産援護施設で働いていました。社会復帰を目標にして仕事を教えたり、介護をしたりする施設で約10年仕事をしました。夫は病院に勤めて理学療法室でリハビリの仕事をしていました。結婚後、私が先にこちらに戻りまして、その後、夫も加わり、一緒にやり始めたという感じですね。

最初は湯治宿という形式ではなかったですね。でも、私たちは、お料理も一汁三菜を基本に飽きない料理を作ろうと、湯治宿ということを前面に出して進み始めたんです。

今年創業100周年という歴史をもつ「不老閣」ですが、お宿の特徴は?

今はお食事ですね。野菜が主でお肉をほとんど使っていません。お魚は使います。療養の方にがんの方も多かったので、皆様お肉を嫌がりますので。糖尿病の方も多いので、目安になるようにカロリー計算もしています。もちろん病院食のレベルまではいきませんけれど、野菜でなるべくカロリーを上げないようにしています。一番最初にこういう食事にする時、東京の有名な精進料理のお店へ通って、板前の認識を変えたんです。でも、病気でもお肉を食べたい時もあるでしょ。そういう時は車麩を使ってカツとかにするんです。食感も完全にお肉なので、ちょっとうれしいですよね。大豆で鶏の唐揚げっぽくするとかね。もちろんおいしくなきゃだめだし、見た目も必要ですけど。野菜はなるべく地元で作られている無農薬野菜を仕入れています。

他の地域に活動を移しても、この方法でそこの数ヵ村を調査します。全ての記録はあります。調査後には結果を集計して、村の長老に集まってもらって、あなたたちの村はこういう状況なんだと説明するんです。彼らにとっても病気で農作業が出来ないとか、死ぬのは非常に不幸なことと思っていても、病気予防やその知識・工夫が足りないのね。援助物資としてヨーロッパから、既に彼らが使用した残りの薬が村へ来るんです。消費国の人たちはこのような支援でも「助けてあげてるのよ」という意識もあるってことですね。村では「使った残りだ」と批判的ですよ。買えない人にとって無駄ではないけど、支援も失礼に当たるようなことはいけませんね。どんな国の人でも上から目線はいけません!!

社長様は「温泉利用指導者」、女将さんも「温泉療法士」の資格をお持ちですね。

社長の方は全然格が上です。医療関係に10年以上勤務経験がないと認定されないので。たぶん、温泉利用指導者の資格を持っている人はそんなに多くないと思います。一般的な温泉指導は私がしますけど、難しい場合は社長が行います。

指導というのは入り方ですよね。むやみやたらに入ればいいというものではないし、温度差もあるので、ご病気や体力を伺って、その方の病状によってどういう入り方が良いかを指導します。初めて来られた方は皆さん、温泉指導を希望しますね。やはり「こういう入り方をすると、こういうふうになっていくと思う」と伝えた方が「あ、本当だ、こうなるな」って自分で確認できますよね。

苦しんでいる方を元気にしたい!

湯治にはどんなご病気の方が来られますか。長期滞在の方が効果があるのでしょうか。

今は悪性腫瘍、糖尿病、リウマチ、皮膚病、肝臓疾患などの方が多いですね。うちの一番の強みは、お風呂の中でお客様同士が自分の病歴を話されて、体験なさった変化を直接伝えていることだと思います。だからうちに来られる方は完全に口コミですね。

あとは放射線の即効力だと思います。だって痛みがあったりして、変化があれば可能性みたいなものを感じますよね。だからリピーターが多いんだと思います。身体が覚えてるから欲しくなるお風呂です。それはよくお得意さんが言いますね。もう20年も毎月3泊でいらしている方もいます。肩こりや腰痛だったら2回入れば大丈夫。私もお正月に体調を崩して帯状疱疹になったので、すぐに温泉に入ったんですね。そうしたら湿疹が全然広がらなかったし、その後も楽でした。

やっぱり3泊~4泊くらい滞在していると、免疫力が上がって活性化してくるんですよ。そして、体が活性化しているうちにまた湯治に来てくださると良い状態が続くわけです。

湯治に来られるお客様との会話、関わり方で心がけていることは?

お客様の気持ちが前向きになれるような関わり方をいつも心がけています。まず温泉指導させていただく時、病状を言いたくない方もいらっしゃるので、例えば「何か心配事はありませんか」とか「体調を崩された頃に何か大変な事やストレスがありましたか」というように少しずつ伺っていくと一気に話される方もいます。話を聞く、ということが大事ですね。聞くと、お客様はホッとするんですよね。涙を流す方もいます。病気に対してじゃなくて自分が精神的、肉体的に苦しんだことを話すということは、何かを出せるということなんでしょうね。誰かが認めるというか、受け入れてあげなきゃいけないんですよね。そうすると楽になるんだと思います。一気に距離感が縮まりますね。

お客様のお話を聞かれて、女将さん自身の負担になることはないですか。

それを夫はよく言いますけど、私は結構大丈夫かもしれない。でも当然私もリフレッシュします。そういう〝気〟を払うことは大事ですからね。でも自宅に帰れば92歳の父がいるわけで、ずっとひきずってたらできないし、女性は切り替えが上手なんだと思います。O型だから私は、合っているのかもしれない。たぶん施設にいた時もそうだったんですね。やっぱり10年間の積み重ねがあって、それが自分の使命みたいなものだと感じているかもしれない。今、苦しんでいる方、悩んでいる方を助けることはできないけれど、なんとか元気になってほしいと思います。お客様が喜ぶ姿を拝見すると、嬉しいし、誠心誠意尽くさなきゃいけないなって思います。

すべてはお客様のために

健康に関する書籍をはじめ、お客様への情報が充実していますね。

いつもいろんなものを見たり聞いたりしながらアンテナを広げておいて、お客様の役に立ちそうなことはすぐに頭の中に入れておきます。だからリフレッシュも無駄に行ってないと思うんですけどね。お客様にお勧めの書籍は全部各お部屋に置いてあります。ここに滞在期間中の一つの情報として、ご自分のお身体に合うものを見つけていただくために役立てばいいなと思って、結構気を付けながら選んでいます。中にはこの本を見て、バドガシュタインっていうオーストリアの温泉地まで行っちゃったお客様もいるんです。写真も撮ってきてくれて。びっくりですよね。

館内の空間や雰囲気作りにもさまざまな工夫が感じられますね。

ともかくホッとしてほしいので癒し系のものを置いています。立ち止まって見た時に、ニコッと笑えるものを。かわいいー!と思ってもらえれば笑顔になるでしょ。その瞬間はきっと免疫力が上がりますよね。食事処にも木目込みの作品が飾ってあるので見てください。全部スタッフの手作りです。お客様がその作品を買ってくださったり、キットも売っているのでご自分で作られたり、申し出て下さるとうちのスタッフが昼休みにお教えしたりもします。お部屋のティッシュカバーも、「女将便り」ファイルの表紙も、鏡のカバーも手作り人物探検隊八巻苗美-4です。お部屋は古いですけど、手作り感の良さであったかくしよう、ってスタッフみんな思ってます。

毎年出稼ぎの若者が帰ってきた時にエイズ予防のプロジェクトをしますが、その時にうちのスタッフだけでなく、若いアシスタントスタッフや育成した助産師や看護師に説明させるわけ。そうすると「彼らはスペシャリストだな」って村の人たちが理解し相談に行くようになるんです。一人から家族へ、そして村へと我々は忍耐強く意識を変えていく努力をしないと成果は出ませんね。これは意識の問題でもあるから、支援する側のがまんですね。

りんご狩りや館内コンサートなども積極的に企画されているようですね。

企画はスタッフとは相談せず、私一人で考えます。コンサートは、お客様がこの不老閣に来た時の出会いが大事だと思うのと、ホッとしてほしいこと、あとはやっぱり近くで聴く迫力を感じてほしいということですね。ハートのこもった演奏を生で聴く。その感動は大事なので月1回やっています。お客様も歌う参加型のコンサートも6年程続けています。それはもう本当に会場が一つになる。

もう1つは子供コンサート。2~3ヶ月に1回ぐらいですけど、私たちもエネルギーを貰えるし、その子たちのためにもなるんです。子供たちは不老閣のお客様に喜んでもらいたくて、だんだんレベルアップしてきて、クリスマスにはハンドベルをやって。それを見て「私もピアノをもう1回やりたい」って始めた70代のお客様がいらしたりね。音楽とコラボで空手もやるんです。先生がピアノを弾いて、子供が空手の型をやるんですよ。その型が本当にすばらしいので、会場の空気が変わるんです。その空気感と拍手をもらう嬉しさで彼らはもっとがんばりますから。お得意様はもう子供たちと顔なじみになっていて、自分の孫みたいな子たちの演奏や成長を見るのを楽しみにしてらっしゃるから、定番になってきましたね。いろいろ続けるのは大変ですけれども、私は絶対楽しんでやっていますから。嫌々やったら続かない。スタッフみんなの協力もあるし、その時々の出会いと楽しさがあるからできるんですよね。

日本一の湯治宿を目指して

スタッフの方々の笑顔や心遣いも心地良いですが、教育などをされるのですか。

教育なんて全くしていないです。幸いなことにみんな心が優しいんだと思います。「自分がこうされたらうれしいよね」っていう気持ちが基本ですね。だから相手の立場になって、仕事に誇りを持ってやってくれてると思う。例えば、冬は湯たんぽ。すごいですよ、40個とか。お客様の希望を伺って、8時過ぎに湯たんぽを持って回るんですよ。これはもうずっと続けてます。心のサービスかな。気持ちがあったかいですよね。スタッフに感謝です。


うちは長く通われているお客様が多いから、○○さんがいらっしゃると言えば、スタッフも布団の敷き方、タオルやシーツの数、何をどういうふうにっていうことが全部わかっている。もう家みたいなものですよね。そういうのが湯治宿の良さでしょうね。

お客様のために日々多忙な女将さんご自身の健康を保つ秘訣は何ですか。

メンテナンスは必要ですね。「疲れた」と思ってからでは遅いから、疲れる前にする。これはもう自分の身体への投資だと思います。毎日必ずストレッチをやってます。そしてアロマ。全部リンパを流して、チェックしてもらって、悪い箇所を教えてもらいます。温泉にも入ります。でも常に意識しているのは楽しみを見つけること。「来月はこれがあるから、よし、がんばろう!」というふうにモチベーションを上げています。そういうのは大事ですよね。

これからの不老閣の目標や夢は?

やはり湯治宿としての情報を発信できる温泉宿でありたいと思います。身体は不老閣のラジウム温泉と食事で、心はスタッフのハートと不老閣の空間で癒し、それをエネルギーにしていただければと思います。それが私たちの使命かな、という気はします。そこが目標かな。究極は日本一の湯治宿ですよね。それが一番だと思いますね。

湯治のお客様が温泉の効果だけでなく、女将さんをはじめとするスタッフの温かい気持ちで癒されていることが感じられました。本日は有難うございました。

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